
ゼロデイ脆弱性の売買市場とは|エクスプロイトブローカーの報酬相場とグレーマーケットの実態
2026-09-04 ・ 入門
「見つけた脆弱性を報告したら数万円の謝礼」——バグバウンティの世界とは別に、同じ脆弱性を「未公開のまま」買い取り、数百万ドルを支払う市場が存在します。それが「ゼロデイブローカー」と呼ばれるゲートウェイ企業たちです。なぜ企業への報告より高い値がつくのか、誰がそのお金を出しているのか、そして日本にはどう関係するのか。公開されている価格情報をもとに整理します。
この記事で分かること
- ゼロデイ脆弱性の取引には、脆弱性を修正のために報告する「合法市場(VDP・バグバウンティ)」、政府機関向けに未公開のまま販売する「グレー市場(ブローカー)」、犯罪組織が使う「闇市場」の3層構造がある
- グレー市場のブローカーCrowdfenseは、iOSのゼロクリック フルチェーン脆弱性に最大900万ドル、Androidに最大500万〜700万ドルを支払う公開価格表を持ち、2024年には買い取り予算総額を3,000万ドルに拡大した
- 老舗ブローカーZerodiumは2025年1月にウェブサイトを実質閉鎖し表舞台から姿を消したが、業界では水面下での取引継続が指摘されており、Crowdfenseなど他プレイヤーの存在感が増している
- ゼロデイエクスプロイトは軍事転用可能な『侵入ソフトウェア』としてワッセナーアレンジメントの輸出管理対象に含まれており、日本を含む参加国では技術提供にも外為法上の規制がかかりうる
対象読者:セキュリティ担当者・脆弱性管理に関わる技術者・政策/法務担当者など
執筆:ゆるふわセキュリティ編集部 最終更新日:2026年9月4日
ゼロデイ脆弱性とエクスプロイトとは
ゼロデイ脆弱性(ぜろでいぜいじゃくせい)
ソフトウェアの開発元がまだ把握しておらず、修正パッチが存在しない脆弱性のことです。「発見から対応までの猶予(day)がゼロ」であることが名前の由来で、攻撃者に悪用されても防御側は事前に対策を打てません。この脆弱性を実際に攻撃へ使えるコードにしたものを「エクスプロイト」と呼びます。
Webアプリケーションの脆弱性のように広く知られたバグとは異なり、ゼロデイは「誰も知らない」からこそ価値を持ちます。この価値に目をつけ、脆弱性を専門に買い取る企業が生まれました。
市場は1つではない:合法・グレー・闇の3層構造
ゼロデイ脆弱性の取引は、性質の異なる3つの市場に分かれています。
合法市場(VDP・バグバウンティ)
- MicrosoftやGoogle、Appleなどベンダー自身が報奨金を支払う
- HackerOne・Bugcrowdのようなプラットフォームが仲介する
- 目的は『脆弱性を修正してもらうこと』
- 報酬は数千〜数万ドル程度が中心(重大なものでも限定的)
グレー市場(ゼロデイブローカー)
- Crowdfenseのような企業が、未公開のまま買い取る
- 主な顧客は各国政府機関(諜報・法執行・軍事目的)
- 目的は『修正させず、機能したまま利用すること』
- 報酬は同種のバグバウンティの数十倍〜百倍規模になりうる
バグバウンティについては別記事で解説
企業が報奨金を払って脆弱性を修正する仕組みそのものについては、バグバウンティ(脆弱性報奨金制度)とはの記事で詳しく扱っています。この記事で扱う『ブローカー』は、その対極にある『修正させないための市場』です。
さらにその外側には、ダークウェブ上でランサムウェア集団や犯罪組織がエクスプロイトを直接売買する「闇市場」もあります。合法市場とグレー市場の境界にいる研究者にとって、「ベンダーに報告するか、ブローカーに売るか」は倫理的にも経済的にも大きな分岐点になります1。
実際にいくらで売れるのか:Crowdfenseの公開価格
グレー市場のブローカーの中でも、アラブ首長国連邦拠点のCrowdfenseは価格表の一部を公にしていることで知られています。2024年に発表された買い取りプログラムでは、対象領域をエンタープライズソフトウェアやWi-Fi/ベースバンド、メッセンジャーアプリにも拡大し、プログラム全体の予算枠を3,000万ドルに引き上げました2。
最大900万ドル
SMS/MMS経由で配信可能なゼロクリック フルチェーン脆弱性の最高額
500万〜700万ドル
iOSのゼロクリック フルチェーン脆弱性(発見内容により変動)
最大500万ドル
Androidのゼロクリック フルチェーン脆弱性
300万〜500万ドル
WhatsApp・iMessageを狙ったゼロデイ脆弱性
ブラウザ単体では、SafariとChromeのゼロデイがそれぞれ最大350万ドル・300万ドル程度とされています3。これらはあくまで「フルチェーン」(初期侵入から権限昇格、持続化まで一気通貫で成立する攻撃一式)に対する上限額で、部分的なチェーンや技術的な条件次第で価格は個別に調整されます。同じ種類の脆弱性でも、HackerOneのバグバウンティで得られる報酬(バグバウンティの記事で紹介した一般的なCriticalの相場は数千〜1万5千ドル程度)と比べると、桁が2〜3つ違うことがわかります。
なぜここまで高いのか:買い手は政府機関
ブローカーが高値を提示できる理由は、買い手の多くが各国の政府機関(諜報機関・法執行機関・軍)だからです。彼らにとってエクスプロイトは、捜査対象のスマートフォンに気づかれずに侵入するための『武器』であり、価格よりも『確実に、秘密裏に機能すること』が優先されます。イスラエルのNSO Groupが開発した監視ソフトウェア『Pegasus』のように、政府機関に販売されたエクスプロイトが人権活動家やジャーナリストの監視に使われ、国際的な批判を招いた事例も知られています4。
老舗Zerodiumの失速とプレイヤーの交代
グレー市場を長年けん引してきたのが、2015年設立の米Zerodiumです。かつては公開の価格表で「iPhoneのフルチェーンに最大200万ドル、Androidに最大250万ドル」を提示し、業界の相場観そのものを作った存在でした5。
Zerodiumの変遷
2015年〜
設立。積極的な価格表の公開で、ゼロデイ市場の相場を可視化した
2024年頃
買い取り件数の伸び悩みや競合の台頭が業界内で指摘されるようになる
2025年1月
公式サイトを実質閉鎖し、PGP公開鍵のみを掲載する1ページに置き換え
2026年時点
表舞台には出ていないが、水面下でのブローカー網は継続しているとの報道がある
Zerodiumが表舞台から退いた一方で、Crowdfenseのように価格表を公開しながら事業を拡大するブローカーや、非公開のまま活動する仲介者の存在感が増しています。業界誌の報道では、AI関連製品の防御が強化されるほどエクスプロイトの希少性が上がり、価格自体は年々上昇傾向にあると指摘されています6。
日本にも関係する規制:ワッセナーアレンジメント
「海外の話」に見えるゼロデイ市場ですが、日本にも法的な接点があります。エクスプロイトのように「情報システムへの侵入を目的としたソフトウェア」は、通常兵器の輸出管理に関する国際的な枠組み「ワッセナーアレンジメント」の対象品目に位置づけられており、日本を含む参加国は外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づき、該当する技術やプログラムの輸出・提供に許可を必要とする場合があります7。
関連記事もあわせて
ゼロデイを含む脆弱性への対応体制はインシデント対応やSOC(セキュリティオペレーションセンター)の記事、AIを狙った新しい脆弱性の急増についてはバグバウンティ(脆弱性報奨金制度)とはの記事でも扱っています。
まとめ
- ゼロデイ脆弱性の取引市場には、修正を目的とした「合法市場」、政府機関向けに未公開のまま売買する「グレー市場」、犯罪組織が使う「闇市場」という異なる3層がある
- グレー市場のCrowdfenseは、iOSのゼロクリック フルチェーン脆弱性に最大900万ドル、Androidに最大500万ドルを支払う価格表を公開しており、バグバウンティの数十〜百倍規模の報酬になりうる
- 老舗ブローカーZerodiumは2025年1月にウェブサイトを実質閉鎖したが、水面下での活動継続が指摘されており、Crowdfenseなど他プレイヤーの存在感が増している
- ゼロデイエクスプロイトはワッセナーアレンジメントの輸出管理対象に含まれ、日本を含む参加国では外為法上の規制がかかりうる法的な論点でもある
もう少し詳しく(背景)
ゼロデイ市場が拡大し続ける背景には、ソフトウェアの防御力そのものが年々向上しているという皮肉な事情があります。OSやブラウザのサンドボックス化、メモリ安全性の高い言語への移行、AIを使った自動的な脆弱性検出の普及によって、そもそも「使えるエクスプロイト」を作ること自体の難易度が上がっています。難易度が上がれば、それを開発できる少数の研究者やチームへの支払いは高騰する一方です。TechCrunchなど業界メディアが報じるように、価格上昇のトレンドは今後も続くと見られています6。
もう一つの構造的な問題は、グレー市場が「合法」と「違法」の間の曖昧な領域で成立している点です。ブローカーの多くは自国の輸出管理法を遵守していると主張しますが、最終的に脆弱性がどの国のどの機関に渡り、誰を監視するために使われるかまでは、外部から検証しづらいのが実情です。NSO Groupの事例が示したように、正規のビジネスとして始まった取引が、人権侵害的な監視活動につながるリスクは常につきまといます。セキュリティ研究者にとって「見つけた脆弱性をどこに報告するか」は、収入だけでなく倫理観が問われる選択でもあり、バグバウンティ(脆弱性報奨金制度)とはの記事で扱った「合法な報告先を整備すること」の重要性は、このグレー市場の存在と表裏一体の関係にあります。
参考資料・出典
- Demystifying The Market For Zero-Day Software Exploits | PacketlabsPacketlabs|合法・グレー・闇市場の構造とブローカー各社の概要
- Company Offering $30 Million for Android, iOS, Browser Zero-Day Exploits | SecurityWeekSecurityWeek|Crowdfenseの2024年買い取りプログラムに関する報道
- Exploit Acquisition Program | CrowdfenseCrowdfense公式|価格帯・対象領域の一次情報
- Price of zero-day exploits rises as companies harden products against hackers | TechCrunchTechCrunch|市場価格の上昇トレンドに関する分析
- Zerodium | WikipediaWikipedia|Zerodiumの沿革と2025年のサイト閉鎖に関する記述
- 安全保障貿易管理|公益社団法人 日本技術士会日本技術士会|ワッセナーアレンジメントと外為法の関係についての解説
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執筆:ゆるふわセキュリティ編集部 最終更新日:2026年9月4日
Footnotes
-
Packetlabs「Demystifying The Market For Zero-Day Software Exploits」(2026年6月更新)による、合法市場・グレー市場・闇市場の3層構造の整理、およびZerodium・Crowdfenseの概要。 ↩
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Crowdfenseは2024年、Android・iOS・Chrome・Safariに加えエンタープライズソフトウェア、Wi-Fi/ベースバンド、メッセンジャーアプリを対象に含む買い取りプログラムを発表し、プログラム予算総額を3,000万ドルに拡大したと複数の専門メディア(SecurityWeek、Security Affairs等)が報じている。 ↩
-
Crowdfenseの公開価格表(Exploit Acquisition Program)によれば、iOSのゼロクリック フルチェーン脆弱性は最大700万ドル(SMS/MMS経由の場合は最大900万ドル)、Androidは最大500万ドル、WhatsApp・iMessageは300万〜500万ドル、Safari・Chromeはそれぞれ最大350万ドル・300万ドルとされる。 ↩
-
イスラエルのNSO Groupが開発した監視ソフトウェア「Pegasus」は、複数の政府機関に販売され、ジャーナリストや人権活動家の端末監視に使われたとする調査報道が複数の国際メディアで報じられている。 ↩
-
Zerodiumは2015年の設立以降、iPhone・Androidのフルチェーン脆弱性に対する公開価格表を提示し、業界の相場観の形成に影響を与えたとされる。2025年1月にウェブサイトの主要コンテンツを閉鎖し、PGP公開鍵のみを掲載する1ページに置き換えたことが複数の業界情報筋(Intelligence Online等)で報じられている。 ↩
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TechCrunch「Price of zero-day exploits rises as companies harden products against hackers」(2024年4月)による、防御技術の向上とエクスプロイト価格上昇の関係についての分析。 ↩ ↩2
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ワッセナーアレンジメントは通常兵器および関連汎用品・技術の輸出管理に関する国際的な枠組みで、「侵入ソフトウェア」関連技術が規制品目に含まれる。日本は参加国として外国為替及び外国貿易法(外為法)に基づき該当する貨物の輸出や技術提供について許可制を運用している。 ↩